秋に色づいた紅葉を眺めて楽しむ紅葉狩り(もみじがり)。
この紅葉狩りは、何故「狩る(かる)」というのでしょうか?
紅葉狩りは何故「狩る」という?
秋の紅葉を行楽(こうらく)として楽しむ文化は、平安時代から盛んになりました。
秋の深まりとともに、木々がいっせいに紅葉するその美しさに、当時の貴族(きぞく)も夢中になったそうです。
平安貴族は、牛車(ぎっしゃ)に乗って外出をするのが普通で、歩くのは品がないこととされていました。
しかし、秋の山を彩(いろど)る紅葉だけは、牛車(ぎっしゃ)から降りて、自分の足で歩かないと見ることはできません。
そこで彼らは、面目(めんぼく)を保ちながらも紅葉を楽しむにはどうしたらよいのが、思案投首(しあんなげくび)しました。
その結果、何とか解決策をひねり出したのです。
いわく、
「これは、決して鑑賞(かんしょう)ではない。あくまでも鷹狩り(たかがり)や鹿狩り(しかがり)と同じ、”狩猟(しゅりょう)”だ。我々は、狩猟(しゅりょう)として嗜(たしな)んでいるのだ」
そしてこれが、紅葉狩りの由来とされます。
貴族たちは、紅葉の鑑賞を「狩り」と称することで、牛車(ぎっしゃ)から降りて胸を張って楽しむことができるようになったというわけです。
おわりに
「きれいな紅葉だニャー」「うん。来て良かったニャン」
“Beautiful autumn leaves.” “I’m glad I came.”
今日は、紅葉狩りは何故「狩る」というのかという話を書いてみましたが、いかがでしたか?
何というか、「鑑賞」を「狩り」だと言い張るなんて、これはもうほとんど強弁(きょうべん)ですね。(^^;
秋といえば、「秋ナスは嫁に食わすな」という諺(ことわざ)がありますが、実はこれは嫁の体への気遣いから生まれたものでした。
詳しくは、以下の記事をお読みください。